夫婦

2009.08.28

ずっとひっかかっている言葉

うちのダンナは、なにか飲み物とかを私に頼むとき(例えばお茶とか)、「お茶ほしい」というように言う。
この頼み方が、私にはどうにも気持ち悪い。

「~~してほしい」って言い方は、その人のただの願望であって、人に頼む言い方じゃないと思うんだが。「お茶ちょうだい」でしょう。本来は。
「○○ほしい」と言われるたび、「だからなによ!ほしいなら自分でしてよ!」と、言ってしまう。

こういうのって、相手に依存してるんだよね。コミュニケーションを。
自分の願望を、相手に汲み取ってもらう。おそらく、小さい頃から、そうやって周りの大人が気を利かせていたんだろうなあ、と思ったり。

確かに息子はかわいいけどさ。
私はそのへん、気をつけよう…。

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2008.12.30

夫婦喧嘩で歳納め

今朝、ダンナと歳末大喧嘩。一年を締めくくるにふさわしく、派手にどかんと。
よくそんなくだらないことでそこまで言い争えますな、と感心するくらいの低レベル喧嘩なのに、当人たちは鬼の形相。…ふ。年賀状の宛名の字が気に入らないとかなんとか。しかしそこから四方八方と火種が飛ぶから、あなどれないのよねー。

3時間ほど冷ややかな空気が我が家に滞った後、いつものようにダンナから停戦の申し出。
この人のえらいところは、どっちが悪いに関わらず、必ず自分から謝ってくるところだなあ(私から謝ることはほとんどない)。
そんなわけで、お昼にはちゃんと仲直りもして、一件落着、のはずだったんだが。

昼からダンナがあず連れておばあちゃんちに遊びに行ってくれたのだ。私はヨウと一緒に昼寝。
夕方遅くに帰ってきたダンナが、「やられたー」と言う。なにがと聞くと、あずが今朝の喧嘩のことを事細かにおばあちゃんに報告していたと。「おかあさん悲しそうに涙流して泣いてたー」とまで(←正確には悔し涙)。

私「ほうほう、それでそれで?おばあちゃんあんた(ダンナ)になんて言ってたん?」
ダ「『ま、忙しい時期やから、一緒におったら喧嘩もするがな』で終わり。」
なんだあ~~。悲劇のヒロインにはなれんかったんかー。ダンナを悪役にしたてたかったのに。

そしたらしばらくして、お母さんから電話が。
「あんた!あの子にいじめられたんやて?!なにされたんや??」と受話器の向こうで息巻く声が。
おばあちゃんから聞いたようで…。早いねー。
よし。おかあさんにこの際聞いてもらおうでないか。普段からお母さんには「あの子と喧嘩したらうちに言うといで!」と言われているので、遠慮なくしゃべりまくってスッキリ。
ま、喧嘩の内容が内容なので、これまた「しょうもな」の一言で終わったんだけど。いいんです。笑い飛ばしてもらって、私もやり場のなくした「くそう感」を吹き飛ばせることができたので。

ところで、今日の喧嘩であずが「長いものに巻かれる」タイプの人間だということが発覚。
喧嘩の最中、どんなにダンナに非があろうとも(←そうとしか考えられない私)、言い合いになると冷静沈着なダンナの方が優勢に見えてしまう(これが実に悔しい)。あの、自分の気持ちをぶつけても響かないむなしさ、悔しさったらっ!
だから実際は、あんまり「言い争い」にならないんだよなあ。私がきゃんきゃん吠えてるだけっつうか…。まさに「弱い犬」状態…。
そうなるとですね。あずがとたんにダンナの側にべったりになって、ちーーっとも私の方に寄ってこないのですよ。いつもはべたべたなくせして。それが今日は二重にショックだったのだ。おいこら。お前はエサくれたら誰でもしっぽ振るような犬かよ、と思わずイラッとしてしまった。
ちょっとは、「おかあさん大丈夫?」とかなんとか優しくしてくれることを期待していたのに、見事手のひら返されたようでさー。お母ちゃんショックだったよ。子どもの目から見ても、私に分がないことがわかったんでしょうかね…。

それにしても、私らが喧々ごうごうとしていても、子どもたちはへっちゃらそうなのが不思議。
私が子どものときは、親の喧嘩ってすごく怖かった記憶があるんだがなあ。それはまさに「良くない」喧嘩だったからなのかなあ。
へっちゃらそうにしてても、実は心の中でざわざわしていたりするんだろうか。もしそうだったら、ごめんね、だなあ。
「はやく『お父さん大好き』ってメールしときやー」と、しれっと言い放つあずに、開いた口がふさがらなかったり。
子どもってちゃんとみてるんだよねえ。

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2008.08.05

励まし方

ダンナが今落ち込んでいる。
仕事でちょっと大変なミスをやらかしちゃったのだ。慎重派の彼としては珍しい。今まで、ここまで自分ひとりの責任を感じたことはなかったんじゃないかなあ。
あまり感情を表に出さない人なので、家に帰っても泣き言いったりイラついたりはしてないんだけど。でも、確実に「落ちてる」のがわかる。

先週、1週間出張に行っていたんだが、週末の金曜日うちに帰ってくる道中、なんと携帯していた会社のノートPC(その他開発資料)が入ったショルダーバックを電車内に忘れてきたのだ。降りてすぐ気づき、駅員さんに探してもらったが見つからず、うなだれて帰ってきた。
結局忘れ物は見つかり、我が家に郵送してもらう手続きをし、無事手元に戻ってきた。だが、「なくした」事実は消せるわけもなく(当然置き忘れた時点で上司に報告していた)。社内でセキュリティ強化が呼びかけられていた矢先のことだったらしく、まさにPC持ち出しに関する通達がだされまくっていたと。
私自身、こういう「うっかり」ミスをあのダンナがしたことに驚いたくらい、注意深い彼には無縁そうなミスだった。

そんなわけで、昨日始末書に事情聴取にと散々な目にあったらしいダンナは、案の定心身弱り果てて帰ってきた。ため息が深い。背中が小さい。「もっといろんなことにへっちゃらになりたい…」とこぼすダンナに、「うっかり忘れちゃうことなんて誰にでもあるよ!大事なのはそれをどうやって受け止めるかだよ!これからの対処が大事なんだって!」と、なぐさめにもならないフォローを入れてみたけど、「(うっかり屋でいつでもへっちゃらそうな)おまえに言われてもなぁ…」とつれない。

ぐあーーこんなときなんて声をかければ! ていうか、私だっていろいろ気にする性格なのにッ!!
今日はちょっとは浮上してるかなあ。今から帰ってくるのだが…。
とりあえず、ごはんのおかずは喜びそうなものを作ってみた。…こんな励まし方しかできないのか。

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2008.07.29

意外な一面

今セブンイレブンでポケモンのスタンプラリーみたいなのをやっているんだが、あずがこの間近所の店でその用紙を見つけて「やりたい」と。
もともとあずは「ポケモン」にはそれほど興味がない。テレビでやっていてもほとんど見ない。でも、保育園時代から友だちに聞いていろいろ情報を得ていたようで。あずの好きなのは「ポッチャマ」というポケモンらしい(←たぶんいつも出てくるから)。

セブンイレブンの各店舗によってスタンプの種類が違うらしく、なんでも4種類のスタンプを押したら景品がもらえるようだ。うちの近所で私が知っているのは3店舗。別にこんなスタンプラリーにまったく興味のない私が頑張って遠いコンビニまで足を運ぶ気にもならなかった。素直な性格でもないので、コンビニの策略に乗っかる気もなく。が、おとといの日曜、その用紙を見たダンナに、「あと1つないんよねー」とこぼしたところ、ダンナが「出張先のホテルの近くにあるから押してきてやろか?」と。え?そんなに本気じゃなかったんだけど?そこまでしてくれなくても、きっとあずは明日にはこのスタンプのことは忘れてると思うけど?
しかし彼は持っていってしまった。昨日朝、キャリーバックに大切に用紙をしまう姿を目にしたとき、「この人変わったよな…」と思ってしまった。いやもともとこんな人だったのかも。

そしてゆうべ出張先の栃木から、めったに電話をかけてこないダンナが電話をしてきた。
「あんなーさっき会社で調べてみたら、セブンイレブン、川崎のホテルの近く(←週後半こちらに移動予定)にもあったから、もういっここっちで押してきたるわー。ほんでな、ポケモンのHPみたらそれぞれの店舗においてあるスタンプの種類もわかるわー。うち(自宅)からだったら○○まで行けばポッチャマをゲットできるでー。住所から店舗も検索できるから、みてみー。」

・・・・・・。
セブンイレブンの店がどこにあるかを調べたと? 職場で? わざわざ今から行く出張先周辺まで?
しかもポケモンのHPまでのぞきにいったと・・・? うちの近所のポッチャマ情報まで仕入れて・・・・・・?


普段、優しさを表に出さないつっけんどんな性格なだけに、なんかおもしろいんだよねえ。こういう「は?」な出来事が。

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2008.04.24

夫婦って

あー今日はなんもせんとこ…。雨だし。洗濯も掃除もお休み~。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

寝返りができるようになってからというもの、ころりん→ご機嫌→疲れて泣く、を順調に繰り返しているヨウ。あの体型で左向きにも右向きにも自由自在に転がって遊んでいる。
ゆうべふと目を覚ましたら、ヨウがうつ伏せで行き倒れのように寝ていたので、「ひィッ!」とあわてて仰向けに戻してやると、ぐっすり寝ていたよー。ああびっくらー。まだうつぶせ寝はこわいー。
お座りもかなり安定してきた。まだちょっとぐらぐらするけど、座らせるとひとりでずっとご機嫌で座っている。座ってる後姿がかわいい…。

・・・・・・・・・・・・・

ゆうべのダンナとの会話で、気持ちがちょっと浮上。いや下がってたわけではないんだけど。

夫婦って不思議な関係だ。
「あーホントいやだなあ」とため息つきたくなることもたびたびある。「この人でこの先大丈夫かいな」と今さらながらに考え込むことも。そんな不安定さに落ち込んだり、ときにはまわりの夫婦をうらやましく思ったり。

だけどさ。不思議なことに10年前の2人の関係と比べてみたら、今のほうが断然いい関係なんだよなあ。それは絶対。10年前のあつあつとこなつ~♪な関係よりも(←今じゃ皆無)、今のお互いのほうがいい。
目に見える優しさは減ったかもしれないけど(お互いに)、その代わり、目に見えない優しさが増えているのかもしれない。ことばや行為だけじゃなく。思う・考えるレベルで、自然に意識しなくても。

たまーに、「ちっ、結婚はやまったかな。若気の至りってこういうことか」と、自暴自棄になることがあるんだけど、なんていうか、若い頃のあのピュア(←恥…)で無鉄砲な私を知っていてくれるのがダンナでよかったと思う。逆に、20代後半以降の私しか知らない人だとしたら、どれだけ私を理解してもらえるのか不安だなあ、と。
あの頃の私がいて、ダンナと一緒に歩いてきた自分がいて、今の私がいるんだもんねー。

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2005.10.23

わかろうとする気持ち

最近ずっとダンナの仕事が忙しい。今はピークを過ぎたみたいだけど、それでも午前さまだったりする。
こういう状態が長く続いていると、かろうじて休める週末だけがゆっくり眠れる休息日になる。

平日離れているので、ダンナがこんな激務中でもなんとか家に帰ろうと、平日にそのぶん残業してがんばってくれていることを思うと、ありがたいなあと思う。
せめて週末はゆっくり寝かせてあげたいと思う。思っているのだが。

土曜日はまだ私の心はダンナを心配する気持ちが大きいのだ。だから、「いいんだよ。疲れてるんだから、ゆっくり寝とき」と言えるのだ。
それが日曜になると、ちょっとかすんでしまうんだなあ。ダンナの体調云々よりも、こっちの「せっかくの休みなんだから!」という気持ちがムクムクと。

私は疲れていたら、リフレッシュして気分を変えたい人間なんだけど、きっとダンナは違うんだな。とにかく寝不足を解消しないことには動く気にならない。それだけ、仕事がしんどいんだろうけど。

「優しくなりたい」と思っているのに、「ったく、寝てばっかりじゃねえかよ」と、イラッとしてしまう私は、やっぱり自己中心的なんだなあ。
さっきもついぐだぐだと、ダンナにあたってしまった。「せめてあずさと一緒に寝てくれ」と寝室にあずさを放ったら、しばらく悪戦苦闘していたけど(寝かしつけは苦手)、しばらくしてこそっと見に行くと、仲良く同じ寝顔ですやすやと寝ていた。
こういう姿見ると、いいお父さんなんだけどなあ。

ダンナがいない平日は、もう自分ひとりでせざるを得ないから、頼る人がいなくてもなんとも思わなくなっている。でもダンナがいる日は、「助けて欲しい」という気持ちがどばっと湧き出てくるのがわかる。
こんなにも、ダンナのことを頼りきっているんだなあと驚く。

私よりもきっとダンナのほうが何倍も何倍もしんどいはず。
子どもと一緒にいれなくて、ほとんど毎晩コンビニのお弁当で、寝るかテレビ見るかの部屋で、深夜疲れてへとへとになって帰っても誰も「おかえり」を言ってくれない、そんな生活が週の半分以上。
私だったらきっとたえられない。

それなのに、頑張って仕事終わらせて帰っても、家に私みたいなぶうぶう言う女がいたらなあ。つらいよねえ。
ダンナにもね、もうちょっと気を利かせてもらいたい部分も多々あるんだけど。でもそれを差し引いても、ちょっとかわいそうな仕打ちをしている気がする。

ネットで、激務中のまっただなかにいる人のサイトを見たら、「ああ、ダンナもきっと、こんなかんじなんだろうなあ」、と胸が苦しくなる。
やらなきゃいけないことが山のようにあって、やってもやっても仕事が舞い込んできて、いつ落ち着くのかさえも見通しがきかなくて、一緒に働いている人への不満やら落胆やら、家族への思いやら、きっとそういうことに押しつぶされそうになるくらい、しんどいことがたくさんで。

こういう人のサイトを見ると、いつもダンナのことが心配になって、「ああ、優しくなりたいなあ」と思う。
見返りなんて期待しないで。静かに支えあってわかりあえるような人に。

一生懸命な人を、責めたりしちゃダメだ。それが夫婦ならなおさら。結果的に相手に多少の負担を強いることになったとしても、それはお互いさまなんだ。
どちらか一方がしんどいときは、もう片方もしんどいんだよ。
自分のことでいっぱいいっぱいなときは、相手だってひとりで何でもやるしかなくなるんだ。
こういう状態が長く続くのは決していいことじゃないけど、でもこういうときだからこそ、お互いをわかろうとする気持ちが大事なんだ。支えあわないと。

がんばれ、ダンナ。
がんばれ、わたし。

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2005.05.08

音楽の趣味

先日、ダンナが「これ欲しいんやけど」と、なにやらPCで検索して言ってきた。
「なになに?」と見ると通販サイトで、「80年代後半~90年代前半のJ-POP CD4枚組」という懐メロ集。

「へー。どんなのが入ってんの?」
「渡辺美里とか米米クラブとかレベッカとか。」
「おお、『My Revolution』なつかしー。アン・ルイスの『WOMAN』も。ほー。まさに小・中学校時代だなあ。いいじゃんいいじゃん。買おう買おう。」

こういう実用的じゃない通販ものって今まであんまり買ったことなかったけど、最近車で聴く音楽が淋しかったからちょうどいいや。
中には「誰これ?」っていう歌手もいるんだけど、まあまあだった。

はやりの音楽って、その当時の自分を思い出す。
ああ、この曲あの友達とケンカしたときよく聴いたわーとか、この曲は片想いしてた人が好きだったわーとか。
ちょうど音楽に目覚めた年頃だったし、びっくりするくらい歌詞をよく覚えている。


うちはいつも車で聴く音楽は、たいていレンタルやPCでダウンロードして作ったシングルベストみたいなのだ。
ダンナはとくに入れ込んでいる歌手がいないので、まあその時々で気に入った曲をセレクトしてダビングしている。

昔はこのダンナセレクトが、私の趣味にまったく合わないこともしばしばあった。聴いただけで寒気がするような、ぶりぶりのアニメおたく系のような(失礼)、そんな曲も中には入っていて、よく車の中で音楽の趣味に関して言い合いになったりした。
今では私が嫌いな歌手の歌は、わざわざ選曲したりしなくなったけど。

ダンナはダンナで、私の好きなバンドの歌は彼にとって生理的に受けつけられないらしく、曲がかかっただけで渋い顔をする。
私はどちらかというと、好きなバンドの歌はアルバムでエンドレスに聴きたいほうなので、ダンナの前では自分の大好きな音楽はかけない。別に聴いてもいいけど、嫌そうな顔をしている人の前で聴いても、楽しくないし。

というわけで、ダンナと私は音楽の趣味がほとんど合わない。

ずいぶん昔、つき合い始めのころは、「こんなに趣味が合わないなんて大丈夫だろうか」と不安になったりしたもんだけど、まあこればっかりはしょうがない。普通に流行りの歌を聴くぶんには問題はないのだ。
たまに「この曲いいよね」と意見が合うと、えもいわれぬ感激を味わえたりする。
夫婦2人そろってライブに行くなんてことは、この先もないだろうけど。

これはこれで、いいのではないかと思っている。
ようは、ひとつの趣味に対して「好きじゃない」と思ってしまっても、それで相手に対する気持ちまでもが変わるようなことがなければ、たいした問題じゃないと思うのだ。

ま、自分が好きなものがすべて相手も好き、なんて、ありえないしおもしろくない。
でもね。自分が好きなものを相手に頷いてもらえないときは、やっぱりちょっと淋しいなあ。

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2005.04.19

お互いの今

ダンナの仕事がここ2週間ほど、猛烈に忙しくなっている。
ヒマな時は定時でも帰れるくらいなのに、忙しいときは毎晩午前様だ。ものすごい波がある。どんな仕事でもそうだろうけど。

土曜日、休日出勤で仕事に行ったダンナ。その前の金曜の晩も、帰ってきたのは12時をまわっていた。
この晩、帰ってきたのは午前3時。
それでも「ただいまー」と、笑顔でドアを開けて帰ってくる。「疲れた~」と口では言うけど、しんどそうにするでもなく、家に帰ってこれてただただほっとしている。こういう姿に、ちょっと胸が苦しくなる。

めちゃくちゃ疲れてるだろうになあ。
私だったら、こんなにハードな状況のときは、気持ちまでいっぱいいっぱいになっちゃうけどなあ。

平日離れているとき、たいてい毎晩「ただいま」か「おやすみ」のメールがくる。
私が寝たあとの、かなり遅い時間にメールがきたりすることもある。
ああゆうべも遅かったんだなあ、睡眠不足だなあ、ごはんちゃんと食べたのかなあ。そんな心配を毎日している。

「大丈夫?」「ごはんしっかり食べてね」「無理しないでね」
こんなメールしか返せないことが、本当にもどかしい。
心配しすぎると、よけいしんどくなるかなあと思うけど、こういうときなかなか「がんばってね」とは言えない。
自分が仕事をしていたときは、さらっと言えた気がするのにねぇ。
「がんばってね」・「がんばろうね」

仕事も子育ても、専業っていうのはいいことない。子育ては、まるっきり専業なわけじゃないけど。
どんな夫婦になりたいか、どんな家族が居心地がいいか、考えるのをあきらめちゃダメだ。
今、うまくいってないことや寂しいことを、あたりまえのこと・しょうがないことと思っちゃダメだ。

がんばれ、がんばれ。

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2005.01.05

ダンナと私

夫婦のなれそめ話ではないんですけど、私から見たダンナの話をひとつ。
というのは、最近ダンナとのことをよく考えるようになったからなのだ。どうも頭の中だけでは消化できなくて、ここでちょっとだけ整理させてくださいませ。
ここのところ、ちょっとしたことですぐケンカになる。お互いが、相手を許容できないことが多くなっているのだ。すぐに怒りのボルテージが臨界点に達してしまうというか、キャパが小さくなっているというか。
あ、断って言っておきますが、別に深刻すぎる話ではないので。あくまで口ゲンカ程度のものですから。しかしながら日常の、本当にしょうもないことで言い争いになるので、少々うんざりしている。
これはあずさが関係しているのではない。ダンナと私の性格と、それぞれの生き方によるものだ。
もともとダンナは細かいことを気にする性格だ。つき合い始めた頃は、うっとうしい中にもその几帳面な性格に、頼りがいを感じたものだ。
私が、「この人なら大丈夫だ」と思えた彼のいいところは大きく2つあって、1つは、どんな些細なことでも、私が本気で悩んでいることには真剣に話を聞いてくれるところだ。そして、自分の意見を言ってくれる。
2つ目は、自分たちのちょっと先の人生を、話し合えるところ。そして、お互いの仕事の仕方など、生き方についても話をできる。これは、大事なことだ。
夫婦なら、これくらいのこと当たり前のことかもしれない。こういう話ができないと、夫婦なんて成り立たないものだとも思う。でも、私はダンナと出会う前に、私のどうしようもない悩みを真剣に受けとめてくれる男の人と会ったことがなかった。聞いてくれても、「そんなに気にすることないよ」となぐさめられるのが関の山だった。
ダンナは、私の悩みをそのまま受けとめてくれた初めての人だった。話を聞いてくれた後、こういうふうに話をもっていったのはまずかったんじゃないか、今度会ったらこう言ってみたらどうか、と具体的に私に光を照らしてくれた。こんな人もいるんだ、と嬉しかった。

こう改めて考えてみると、ダンナのいいところは今も変わっていない。ちょっと太って、お腹周りが目立ってきたくらいか。
口げんかの原因は、だいたいが細かいことでいちいちダメ出しをするダンナに、私が腹を立て、反省しない私にダンナがまた腹を立てる、というパターン。昔からずっとこうなのだけど、最近これが多発しているのだ。私も、あまり人に気を配る方でないダンナに、イライラしがちだった。
私の悪いくせなのか、人の短所をまず変えようとする。自分から変わろう、という意識が低い。私の短所はそんなにひどいものでもない、でもあんたの短所はひどすぎる、と考えているところがある。
確かに、最近のダンナは心が狭くなったように思う。でも、私が彼をしんどい方へ追い詰めているのかもしれない。子どもがかわいいと思う反面、内にこもりがちな私の不満が、じわりじわりダンナに向けられているのかもしれない。お互いが、お互いの生活を制限しあっているのかもしれない。
ダンナは、「言わなくてもわかるだろう」という考え方をもっているところがある。それが、私にはダメなのだ。
私は旦那が深夜まで働いていることに、いつも感謝をしている。私が仕事を辞めてからは、とくにそう思う。そして、それを伝えようとする。でも彼は、私に対してなにか特別に言葉で言うことがない。私が仕事を辞めて、平日はひとりで子どもを育てているというこの状況を、彼はどう思っているのか。心の中で感謝されたとしていても、それだけではたりないのだ。私のしていることが、たとえ世間では当たり前のことでも、ダンナには当たり前だと思われたくないのだ。ときには言葉で、伝えてほしいと思う。
こういうことをダンナにぶちまけるたび、「なにをそんなことで」とたしなめられるのもむかつく。わざわざ言わなくてもわかるだろう、と。ちーがーうーの。言ってほしいのよ。確認させてほしいのよ。自分がこの家族にとって役に立っているのかどうか。必要な存在なのかどうか。
社会に出て働いていないということが、どれだけ私にとって精神的に不安定なものか、彼はわかっているのだろうか。
と、ここまで書いてみてだいぶすっきりしたけど、やっぱり私働かないとダメだね。うーん、ダンナ単身赴任なこの生活で、ちゃんと働いていけるだろうか。でも、このままでは私、落っこちちゃいそうで。どこか精神的に自立できないというか。しんどいかもしれないけど、周りに助けてもらいながら、今年は、ちょっと頑張ってみようかな。どうしても無理そうだったら、ダンナと相談しながら、そのとき考えよう。
こういう話し合いは真剣にできるのに、どうして日頃の私に対する言葉がないんだろう。
要は、もっと誉めてほしいのだ、私。誉められて伸びるタイプの人間なのだ。
ああ、なんかとってもスッキリした。もっと誉めてってダンナに言ってみよう(きっと鼻で笑われるな)。
そして、自分から変わってみよう。

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