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2011.04.21

「屋外」にしかない恵み

「汚染」かー。この言葉で言い表すことしかできないのかなあ。
と、ずっと違和感をもっていたのでさっき辞書で調べてみたら、「細菌・ガス・放射能などの毒がついたり しみこんだりして、空気・水・食物などがよごれること。また、そのような状態にすること」とあった。
へぇ。「環境汚染」の言葉になじみ過ぎていて、目に見える汚れのことをイメージしていたけど、言葉の使われ方としてはまさにそのまま、だったのか。

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私が育った町は、広島市内からちょうど30キロ離れた山あいの町だ。そこに住んでいたころは30キロなんて、かなり離れた場所だと思っていた。
祖母から、「家の畑からきのこ雲が見えたんよ」と聞いても、「こんなところまで本当に見えたんかなあ」と半信半疑だったくらい。
でも、今回の原発事故で、30キロ範囲というのが、「中心部」からこんなに簡単に地図上では線引きできるのだと、わかった。そこに住んでいる人間にとって、30キロがどれだけ遠いと感じていても、だ。

広島に原爆が投下されたときは、放射能の危険性なんて誰も知らず、退避も進入制限もなかった。放射性物質が人体に与える影響や、環境に残存する期間も、かなり後になるまで知らされなかった。

私が生まれたのは、戦後(原爆投下後)32年。つまり、半減期が30年の放射性セシウムの残存量が半分になった頃。兵器として用いる原子核と、エネルギーとして用いる原子核は、原子の成分が違うから一概には言えないけれど、私が生まれた時代に、残存している放射性物質におびえていたとは考えられなくて。
上水道のないような地域で、それぞれの家で地下水を汲み上げている。手作業(井戸)が電動(モーター)に変わっただけだ。それでも、私が生まれたときから、何の疑問もなく飲まれている。
今回の原発事故で、日本各地の放射線量が毎日観測されるようになって、「今の広島はどうなんだろう?」と思い見てみたら、他の西日本地域と同様の、低い値だった。原爆投下後60年以上たっているし、ほとんど影響は残っていないのかもしれない。よかった、とほっとした。

広島の街は今、66年前に原爆が落とされたことを、当時のものが資料として「残された」平和公園なんかに足を運ばなければわからないほど、復興している。
投下されたときは、「70年は草の1本も生えない」と言われていたらしいが。

福島も、どうか一日でも早く人々の日々の暮らしが戻りますように。
広島は人も緑も元気になってる。福島も、きっと大丈夫。今の子どもたちと、その親の私たち世代が、未来そのもの。希望は、生まれ続ける。

太陽のあたたかさと、その光を受けた土地からの恵み、お日様がそそいだものの匂いの心地よさは、人間だけじゃなくすべての生き物にとって共通に必要。
布団や洗濯物をとりこんだときの、あのぬくもりと匂い。私にはあの瞬間がとても大切で、なくなるなんて考えられない。震災後数日間はここでも外での放射能を心配したけれど、それでも今は以前と同じ日常を取り戻せている。


原発を安全に使っていくことができないとは思わない。だけど、この日本では適さない。そう思う。

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